中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
*******
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
*******
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。
中学受験をさせるべきなのかどうか、親として悩む方も多いのではないでしょうか。
わたしも2児の母となり、子どもに中学受験をさせるべきか考えるときがあります。
実は生まれも育ちも関東近郊のわたしは、都内の私立中学を受験し、中高一貫の女子校に合格した経歴があります。
ただ、アラフォーになり人生を振り返ってみると、正直中学受験したからといって将来が安定するわけではないと感じています。
大切なのは学歴などではなく、自分で人生を決めることです。
わたしの中学受験後にたどった人生と中学受験について個人的に思うところを綴ります。
わたしが小学校3年生のころ、学区域の公立中学校が荒れているのを心配した親が中学受験を決意。
母は「中学受験して、大学の付属の一貫校にはいってしまえば今後受験しなくてすむから楽だよ」とわたしを説得。
また、「大学まで出ておけばそれなりの人と結婚できて、それなりの暮らしができる」との母の強い想いをこの時から刷り込まれた気がします。
小学生だったわたしは、「高校受験しなくてすむなら」と何の疑問も抱かずに大変な中学受験の道を進むことに。
それまで好きだったピアノや習字の習い事をすべてやめ、友だちと放課後遊ぶこともやめ、近所の栄光ゼミナールに通い、四谷大塚の日曜テストを受け、毎日夜遅くまで勉強しました。
母親も毎晩塾の勉強に付き合い、父親も塾の送り迎えに車でかけつけてくれました。
今思うと、お金も相当かかっていたはずで、一人っ子だったからできたことなのかもしれません。
そして、親子念願の女子大付属の中高一貫校にぶじ合格することができました!
第一希望の私立女子大付属の中高一貫校に入ったわたしですが、その後、親の思っていたようにエスカレーター式に人生を駆け上がれたのではありませんでした。
紆余曲折しながら、なんとか人生落ちこぼれないように進みました。
中学受験のときに人生で一番勉強したといっても過言ではありません。
希望の中学に入ってからは糸の切れた凧のように一切勉強しなくなってしまいました。
小学校のときに身につけたのは、勉強は学校でするものではなく塾でするものという習慣。
そして親から「中学受験して入ってしまえば、もう高校受験しなくていいから中学の時ラクできるよ」との魔法の言葉。
とにかく、これでもうわたしの人生安泰と思いこみ、勉強しなくなりました。
気づいたら女子校の中でも成績は底辺にまで落ち、同じような状況の友達の輪に入っていました。
これではいけないと思ったのが高校2年生のとき。
大学付属の中高一貫校だったのに、わたしが入ったころから進学校へと転換を図っていたらしく、担任の先生が「付属の大学に行くなんて落ちこぼれだけ!とにかく勉強してもっといい大学に入れ」と一喝。
最初はやる気がなかったわたしも親も、毎日言われていると「これではいけない」と焦り始めました。
それからは、なんとか「先生の言う」真っ当な大学に入らなければと、再び塾に通い猛勉強。
何せ5年ほど全く授業を聞いていなかった上、友人グループで大学受験する子などおらず、大変でした。
なんとかギリギリで中堅の四年制私立大学に合格することができました。
念願の私立大学に入れた私は、再び授業など全く聞かずサークル活動とアルバイトに明け暮れていました。
そもそも入った学部も特にやりたいことがなかったので、就職のときに潰しがきくという経済学部。
就活は無難に乗り越え、女性の就職先として世間体も良い大手の金融機関に入ったのですが、違和感を覚えわずか1年で退職。
この時、初めて「本当に自分のしたいことは何だったのか」を考えました。
そこで全く異業種であった「広告業」の小さな制作会社に未経験で飛び込みました。
それからは大変だけれど自分の好きなことができる喜びを見いだせています。
親なら誰しも子どもにラクしてよい人生を歩んでほしいというのが本音です。
ただ、人生にラクな道なんてないし、子どもの人生は子どもが決めるもの。
子どもに人生を考えさせるという機会を中学受験は奪ってしまう側面があります。
小学生の頃はまだ「親」が絶対的存在であり、それがいいか悪いかすら自分で判断できません。
「中学受験しない方がいいのか?」は難しい問いですが、わたしは高校受験の方が自然なのではと思いました。
中学生に成長してから、自分の人生をいったん考えて進路を決める時間を持てるからです。
大切なのは「本人」が自分で考える力を身につけること。
「親」や「先生」など他人が評価する人生よりも、「本人」が納得した人生を歩めますように。